人と対立する時、それはシンプルなこの世の真理に気づくチャンス。

人と意見がぶつかる時。
旦那さんとだったり、母親とだったり、義母とだったり、友達とだったり。。
それはどんな時でしょう?
人と意見がぶつかると、心がイラッとしますよね?
あれ、なんでだと思いますか?
自分の意見が受け入れられない。→自分は認められてない。→愛されていない。
と感じるからです。
自分が愛される存在だ。と感じることができていれば、
そこに「恐れ」は存在しないです。
人は、自分の存在が脅かされると感じるから、このままいたら風で吹き飛ばされそう!と感じて怖いから、
吹き飛ばされまい!と頑張って主張するんですね。
自分、自分と、自分を立てようと頑張るから、そこに摩擦が生まれます。
自分は愛されている存在だ。という思いが本心から感じることができていたら、
川の中の石のように、そこに踏ん張って踏みとどまる必要もないんです。
川の流れに任せて生きればいい。
だってあなたはどこにいようが幸せで、愛される存在なのだから。
これって長いものに巻かれるってこと?
これって自分がなくて良くないんじゃないの?
と感じる方もいるかもしれませんね。
自分、自分て頑張っているのは、すべて「エゴ」なんです。
「本当のアナタ」ではないんです。
その「エゴ」こそが、自分は愛されていない。と頑なに信じているんです。
だから、流されないように!ってグッと川の中で踏ん張っている。
今まで信じてきた自分が、実は「エゴ」で、本当の自分ではない。
と理解し始めると、今までの人生全てを否定されたような感覚すら感じるかもしれません。
それでも、恐れずに本当の自分を知るたびに進んでいきましょう。
起こること、全てに心を開く。
なんのジャッジもせずに、心を開き、受け入れる。
この世はとてもシンプルです。
どんなに複雑に見える問題でも、実はとてもシンプルなんです。
この世界を理解し始めると、
自分の世界には、自分しかいないことに気づき始めます。
自分の見ている世界は自分だけしか見ていないことにも気づき始めます。
そして自分で世界を作っていることも気付き始めます。
そして、心の旅を始めると、
誰かと比べることに何の意味も持たないことに気付き始めます。
周りと比べたり、見ている現実を嘆いたりする意味は全くなかったことに気づき始めます。
自分しかいない世界で、誰かと比べることがいかに滑稽なことかはお分かりですよね?
この心の旅で一番大切なことは、
それはどんな現実を受け取っても、
それをジャッジすることなく、
自分の心と体の声を聞きながら、観察していくこと。
目の前に起こっていることは過去の思考で作ったことで、
すでに終わっているのです。
その終わってしまった現実に
ジャッジする意味は全くないことに気づき始めます。
良いと信じていることも、
悪いと信じていることも、
全ては自分が作ったことなんです。
自分が進化するために、自分で作り上げた現実であることを思い出してゆくと
大切なメッセージを受け取れるようになっていきます。
そして、それを本来の自分のいる世界である高い次元の世界から観察して、
この幻想の世界を見抜いていくとができるようになります。
そして、その波動に立とうと自分で決めることで、誰もがそはができるようになっていきます。
なぜならそれが本当の自分だからです。
現実を感じに行って、
それを何とかしようと頑張っても、意味がないことに気づいて、
このトリックを見破って、
「そうか!こんな現実を自分が作ったんだ!」と気づく。
トリックであることを見破るセンスを持つこと。
今目の前の現実が、ただの幻想で、トリックだと気づけば、それで終わってゆきますよね?
そこに感じに行く意味がないことがわかってきます。
自分の内側の葛藤。
思考を終わらせてゆくことで、世界が変わってゆきます。
ここからは自分で決めるのです。
現実(幻想)を感じて生きていくのか、高いところから俯瞰して眺めトリックを見破って行くのか。
自分で決めたら、
周りと比べる必要もなく、自分をジャッジする必要もなく、
現実を嘆く必要も、誰かを恨む必要もなかったんです。
自分がずっと握りしめてきた良い悪い。という観念、思い込みは、この世に存在しなかったということ。
この思い込み、観念を手放してゆくと、そのことに気づき始め、4、5次元の世界からトリックを見破れるようになってゆきます。
今まで自分と信じてきた自分をちょっと横に置いておいてみましょう。
そして、まっさらな目で、良い悪いのジャッジを手放して、もう一度周りを見渡してみましょう。
今までと少し違う風景に映るかもしれません。
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